シエラ・ロードの登りでアンディが2位を獲得

Andy Schleck Climbs to Second on Sierra Road
http://www.leopardtrek.lu/ May 18, 2011
http://www.leopardtrek.lu/news/andy-schleck-climbs-second-sierra-road

 アムジェン・ツアー・オブ・カリフォルニアにもついにクライマーたちの日がやってきた。第4ステージはリバーモアからサンノゼまで、5つの峠を超えていく。スポーツディレクターのトーステン・シュミットはアンディ・シュレックとリナス・ゲルデマンにこの日の最後の2つの登りでクライミング能力を披露させた。そしてふたりはやってくれた。クリス・ホーナー(レディオシャック)がひとりで先行する中、シュレックは残り200メートルで4人のグループから抜け出し2位でフィニッシュ。第2グループにいたリナス・ゲルデマンは10位でラインを越えた。今日の努力でふたりのジェネラル・クラシフィケーションは見事6位と8位に上昇した。

シュレックはシエラ・ロードで自分自身に驚いたと言う「道は知っていたしどんな登りなのかも知っていた。だからキツイことは知っていたよ。今日は一日中タフなレースだった。最初からかなりペースが速くて前半ではちょっと苦労した。でもだんだん調子がよくなってきたんだ。でも2位で終われたことには自分でも驚いてるよ」。

レパード・トレックにとって、ベルギーのゲントでワウテル・ウェイラント選手の葬儀が行われた今日はとても悲しい日だった。「スタート前、僕たちは1分間の黙祷をし、ニュートラル区間ではチーム全員がまとまって先頭を走った」とシュレックは説明する。「僕たちは全員とてもエモーショナルになった。お葬式に参加できない以上、これがワウテルにさようならを言う最後の機会だったからね。しばらくそのことで頭がいっぱいだったけれど、だんだんレースに頭を切り替えていったよ。簡単ではなかった。でもページはめくらなければいけない。ここで僕たちはワウテルのために走るんだ」。

チームに喝を入れたのは、10人の逃げ集団に入ったマーティン・ピーダーセンだった。逃げ集団は4つめのマウント・ハミルトンでバラバラになったが、ピーダーセンは最後まで集団から逃げ続けたひとりだった。

89キロ地点にそびえるマウント・ハミルトンはHC級、6.8キロで8.4%勾配だ。ゴールからはわずか40キロ少々。サンタ・クララ・バレーに向かう下り手前でレディオシャックがペースをリードし、この登りがエリート選手のみの集団を形成した。シュレック、ゲルデマン、フォイト(フォイクト)、ヤコブ・フルサンがここに飛び込んだ。

ゴール30キロ手前でライダー・ヘジダル(ガーミン・サーベロ)がアタック、ポール・マルテンス(ラボバンク)が追走し、ふたりはすぐに30秒ほどの差をつけて先行した。同じころシュレックは集団の最後尾まで下がっていったので、テレビのコメンテーターはメカニカルトラブルかといぶかしがっていた。

「あの下りではとくにメカニカルトラブルがあったわけではないよ」とシュレックは訂正する。「路面がすごく荒れていてボトルを落としてしまったんだ。すぐにボトルを手に入れないと残念な結果になってしまうってわかっていたからね。だから下がったんだ。水はないし、すごく喉が乾いていたんだ」。

シュレックはすぐにチームカーから新しいボトルを受け取り、下りで集団の先頭にポジションをとった。

ヘジダルとマルテンスは追走集団に1分程度の差をつけて最後の登りのふもとに到達。ヘジダルは一緒に逃げた仲間を置きざりにした。マルテンスはすぐに追走集団に飲み込まれる。残り4キロで同じレディシャックのリーヴァイ・ライプハイマーを引っ張ったホーナーが抜け出し、ヘジダルを1キロも行かずに捉えた。後ろではシュレックが4人の集団を形成、ゲルデマンはそのすぐ後ろで3人の集団を形成した。

ホーナーが残り3.5キロで加速、ライプハイマーもヘジダルも反応することができなかった。ホーナーとの距離が開くにつれ、シュレックの集団がライプハイマーとヘジダルに近づく。残り2キロ地点で6人の集団となった。ホーナーは一人旅を続け、この6人グループとの間にすでに1分以上の差をつけた。

残り200メートルというところでシュレックが加速、ローリー・サザランド(ユナイテッドヘルスケア)とライプハイマーが食らいついた。しかしシュレックはさらなる加速、2位をものにした。

「思っていたより行けたね。残りのステージもベストを尽くすよ」とシュレックはレース後語った。「このレースのためにハードなトレーニングをしてきた。このレースのGCではリナスをエースにと思ってきたんだ。リナスも今日は悪くなかった。ここにふたり揃っているのはいいね。こういうレースで2トップというのは悪くない」。

シーサイドからパソ・ロブレスまでの217.4キロを走る明日はかなり長いレースになる。アムジェン・ツアー・オブ・カリフォルニアの第5ステージは、4つのKOMと2つの中間スプリントポイントがあるが、ハイウェイ1号あった崖崩れのため多少修正がされている。ハードなスタートと小刻みなアップダウンのあるゴール前というコースのため、逃げが決まるレース初めてのステージになる可能性もある。

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アンディ・シュレックのマドン6.9SSLと新ホイール

Pro bike: Andy Schleck’s LEOPARD TREK Trek Madone 6.9 SSL by James Huang
Cyclingnews  January 12, 2011
http://www.cyclingnews.com/features/pro-bike-andy-schlecks-leopard-trek-trek-madone-6-9-ssl

ツールの優勝候補に新車種とプロトタイプのカーボンホイール

アンディ・シュレックは新しいルクセンブルクベースのチーム、レオパード・トレックに移籍しつつ、去年の鍵となったサポートライダーたちのほとんどを確保することに成功した。しかし機材においては、ほぼすべてが新しいものとなる。

スペシャライズドのS-WORKSターマックSL3に代わってトレック・マドンに、SRAMレッドに代わってシマノ・デュラエースDi2、乗り慣れたZippsに代わってボントレガーのホイールになる。さらにプロロゴとFSAに代わってこれもボントレガーがサドル、ステムとバーを供給することになっている。機材が非常に大きな部分を占めるスポーツにおいて、この総入れ替えは大きな意味を持つ。

その若さにも関わらず、シュレックは立派なほど現実的にこの状況を楽しみにしている。

「多くのライダーにとって、この状況は大惨事かもしれないよね。でも物事は変わるものだから――なんと言ってぼくはチームを移ったんだからね!」とシュレックはキャンプ先のパルマ・デ・マヨルカで語った。「新しいことには柔軟なつもりだ。新しいバイクに乗ればもちろんすぐに違いを感じるけれど、慣れなくてはいけない。慣れていくにしたがって、どんどん馴染んでいくんだ。まだ『これはスゲーバイクだ!』と言えるほど乗れてないけど、間違いないよ」

彼ほどのクラスのライダーになると、新スポンサーとのあいだに軋轢を生じさせてでも、最も体に近いアイテムであるサドルだけはせめて使い続けさせてほしいと主張するものだ。しかしシュレックはここでも柔軟さを見せている。すでにボントレガーと一緒に、廃盤になったモデルのシェルを使い、カスタムサドルを作り始めている。

「最初のは好きじゃなかったけれど、フィードバックを伝えたら、かなりいい感じのサドルを作ってくれた。トレックと僕たちはそんなふうに今進めているよ。なんでもそのまま受け取らなくてはいけないわけじゃないけれど、きちんと試してみることしないとね。新しいサドルを一目見ただけで『クズだ』なんて言えるわけがない。試してみないと。試してみて好きではなかったけれど、今は好きなサドルがここにある。長距離を走ってどうなるかはまだこれからだけどね。かなり固いサドルだから。でも僕は固いサドルが好きだから、どうかな?」

ひとつ言えることは、今回機材は変わったが、チーム・メカニックがほぼ以前と同じポジションを出すことに成功したので、体に触れるパーツこそ違うものの、馴染んだ体勢はとれている。

「去年はすごく体が楽だったから、そのポジションにできるだけ近づけた上で、どこを変えるか試してみたい。とはいっても、ほんの数ミリの話だけどね」

シュレックの機材のほとんどは市販レンジのものだ。さらに軽量のマドン6.9SSLフレームセットですら、去年発表されたものだ。しかしチームは今、ボントレガーと共同で、新しいカーボン・チューブラーのホイールセットを開発している。これがおそらく現行のアイオロス5.0に置き換わるのだろう。

このまだ名前の発表されていないモデルは、現行モデルと同じ50mmの断面高をもつが、Zippの人気の303のように、ぐっと幅が広げられている。タイヤベッドで25mmもあるのだ。これによって空気抵抗が減らされ、タイヤ・ケーシングのサポートもよくなる。しかしZippの横顔とは異なり、このボントレガーの新しいリムは並行のブレーキ・トラックを採用している。

チームの担当ベン・コーテスによれば、幅広いタイヤベッドはチームの25mm幅のシュワルブ・チューブラーにぴったり合うという(しかし実際のレース・シーズンには選手たちは22mmのタイヤを使うだろうと彼は補足していた)。コーテスは、最終的にはこの新しいホイールはレオパード・トレックの頼れる定番として、シーズン中の多くの場面で活躍するだろうと言う。

コーテスも、トレックとボントレガーの誰も、まだこの新ホイールセットの技術的な詳細を明かしてはくれない。ボントレガーの標準の合金ユニットではなく、DT SWISSのインターナルに軽量のカーボン製のハブを使ってくることから考えると、シュレック用のセットはおそらく1400~1500gに仕上がってくるのだろう。

我々の推測では、シュレック用のバイクの仕上がりは重量7.23kgとなる。ここにSRMのパワーコントロール7の分が数グラム加わる。高い山にアタックする場面では、低いリムのホイールや典型的なタイヤに代え、SRMのクランクをスタンダードのデュラエースにすることなどで、UCI最低基準の6.8kgにかなり近づけてくるのだろう。

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レオパード・トレックのパトロン、フラヴィオ・ベッカ

Team Leopard’s backer: Flavio Becca by Gregor Brown
Cyclingweekly.co.uk  January 7 2011
http://www.cyclingweekly.co.uk/news/latest/511955/team-leopard-s-backer-flavio-becca.html

チーム・レオパード・トレックのライダーたちは今日、いかにもスポンサーのロゴが足りない新しいジャージに身を包んでトレーニングを始める。トレックのロゴは脇に見えるが、このレーシングジャージはどう見ても大スポンサーがいることを示してはいない。

本来はフラヴィオ・ベッカの名前を入れるべきなのだろう。

ベッカは、チームの1500万ユーロ(165億円)の年間予算の大半を今後4年間に渡ってスポンサーする。この彼のお金が、アンディ・シュレックのツール・ド・フランス勝利への挑戦と、ファビアン・カンチェラーラの石畳クラシックスでの覇権継続を支えるのだ。このルクセンブルク出身の48歳のビジネスマンは、スポーツへの愛と、シュレック家の友人としての気持ちからスポンサーを買ってでた。

「シュレック兄弟とそのお父さんは私の友人です。よく猟を楽しむ仲間なんですよ。彼らからこのチームの構想を聞かされ、僕はこの絶好の機会に飛びついたというわけです」とベッカは『La Gazetta dello Sport』紙に語っている。

「自転車ロードレースの大ファンなんです。1978年には、ニュルブルクリンクで開かれた世界選手権に自走して行きましたよ。僕のヒーローだったフランチェスコ・モゼールがヘリ・クネテマンに数インチの差で負け、僕は泣いてしまったのを覚えています。ビジネスやファイナンス以外のことでもルクセンブルクに貢献したいという気持ちがありました」

ベッカは小さな建設会社からスタートし、その会社を不動産帝国にまで育ててきた。今ではファストフード・チェーンのQuickとスーパーマーケットのAuchanとも関係している。Auchanは第一スポンサーになるという噂があったが、いまのところジャージにその名前は出ていない。

昨晩、このチームジャージと25人の選手が、ゼネラルマネージャーのブライアン・ニガードとチーム・マネージャーのキム・アンダーセンによって発表された。

「このチームの実質的な最初の一歩は、ツール・ド・スイスで僕がキム・アンダーセンと話をしたときだと思う。僕はアンダーセンに、すぐにリース(サクソバンクのチーム・マネージャーのビャルネ・リース)に状況を説明してくれるように頼んだ。アンダーセンは正直で、リースが彼をクビにしたという嘘を聞いたときには胸がいたんだよ」

そしてアンダーセン、ニガードと8人の選手がリースのサクソバンクから移ってくることになった。リースは失ったものの大きさを感じているだろう。とくに彼が契約を手に入れた新しい期待の星、ツアー3連勝のアルベルト・コンタドールがドーピング違反で2年の資格停止を言い渡される可能性が濃厚な今は。この経緯は、今後レオパード対サクソバンクのライバル関係として、このスポーツに面白みを与えてくれそうだ。

ベッカは今、パリ―ルーベに照準をあてている。リースがカンチェラーラで2010年と2006年、スチュワート・オグレディで2007年に勝ったレースだ。今はそのふたりともが自分のチームにいるのだ。

「パリ―ルーベは、最後の1メートルまで誰がどう勝つのかわからないレースだ。カンチェラーラで私たちはかなりいいポジションにいると思いますよ。もっとも、すべてのレースで全力を尽くしますけどね」

シュレック兄弟からチーム構想を聞かされたというベッカの説明は、フランク・シュレックが言っていることとは異なる。シュレックは今日、新チームの噂を最初に聞き、その後6月の第一週、ツール・ド・ルクセンブルクのときに契約を誘われたというのだ。ベッカは6月の第二週、ツール・ド・スイスの場で自分がアンダーセンに近づいたと言う。

ニガードは8月のインタビューですでに、アンダーセンの紹介でベッカに会ったと語っている。会ったのはベルギーのコルトレイクで、4月か5月のことだったという。

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ニガードはルクセンブルクのチームプレゼンテーションで伝統をうち破る

Nygaard breaking traditions with Luxembourg presentation by Cycling News
http://www.cyclingnews.com  January 1 2011
http://www.cyclingnews.com/news/nygaard-breaking-traditions-with-luxembourg-presentation

ブライアン・ニガードは自転車ロードレース界の伝統を壊す気満々のようだ。1月6日に予定されているルクセンブルク・プロ・サイクリング・プロジェクトのチーム・プレゼンテーションまで、チーム・スポンサーもジャージのデザインも公開しないという方法を選んだ。

「私たちは、伝統にとらわれず、まったく新しい戦略に挑戦してみようと思っています」とニガードは『ラ・ヴォア・ドゥ・ルクセンブルグ』紙に語っている。

今度の木曜日、チームは4000人のファンの前に「アメリカン・スタイル」で姿を表すという。「サイクリング業界では珍しい試みだ」とニガード。

この発表会の中心人物はニガードが「ロードレースの伝説」と呼ぶ3人――ファビアン・カンチェラーラ、アンディ・シュレック、フランク・シュレックだ。

チームの最大目標はもちろんツール・ド・フランスだが、パリ―ルーベとツアー・オブ・フランダースも狙っている。「もちろん全部のレースに勝てるはずなどない。しかし私たちは自信があり、慌てたりはしないよ」。

●アンダーセンがベッカとの人脈を持ってきた

チームの縁の下の原動力になっているのが、不動産で一財をなしたルクセンブルクのビジネスマンにしてスポーツの大パトロンでもある、フラヴィオ・ベッカだ。「フラヴィオ・ベッカはチームの中心的な人物だ。彼のロードレースへの造詣の深さには驚いたよ」とニガードは認める。

2010年の5月、スポーツ・ダイレクターのキム・アンダーセンがベッカにニガードを紹介した時、ベッカはすでにチームを作ることを考えていたという。「チームを作る方法についてのアドバイスを求められるのかと思っていたら、マネージャーをやらないかと言われて驚いたよ」とニガードは振り返る。

そこからは、UCIの〆切に間に合わせるため、大急ぎでチーム作りが行われた。「間に合うかどうかがもっとも大きな懸念だった。ひとつでも間違いをおかしたら時間切れは確実だったからね」。

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2011年ツールの最有力候補――アンディ・シュレック

Andy Schleck looks to be the favourite at the 2011 Tour de France by Daniel Bensoncy
clingnews.com 25 November 2010
http://www.cyclingnews.com/news/andy-schleck-looks-to-be-the-favourite-at-the-2011-tour-de-france

2010年の成績に満足

アルベルト・コンタドールのドーピング問題がどのような結果をもたらすにせよ、来年のツール・ド・フランスのスタートラインで最も勝利に近いとみなされるのは自分だろうとアンディ・シュレックは自信を持っている。

シュレックは2年連続で今年も2位に終わったが、2009年の2位とはまるで違う、その目覚しい成長ぶりは印象的だった。ステージ2勝、イエロージャージも数日間袖を通すことができ、パリまでずっとコンタドールにプレッシャーをかけつづけた。最後のクラシフィケーションでのコンタドールとの差はわずか39秒だった。
「来年のツールは優勝候補とみなしてもらえる自信があるし、その自信が僕を勝たせてくれると思う」とシュレックは本誌に語った。

「自転車を始めて以来、僕は毎年進歩している。この進歩のペースが今年から来年にかけても同じ調子で行けば、来年は優勝候補だと思うよ」

シュレックの今シーズンのスタートはケガで台なしになった。冬に自動車に跳ねられたときに傷めた膝のために、春のクラシックスに向けてのトレーニングができなかったのだ。

しかし3週間も自転車に乗れなかったにもかかわらず、ツール・ド・スイス以前にも彼はリエージュ・バストン・リエージュとアムステル・ゴールドで輝かしい走りを見せつけてくれた。

「体を休めなければいけなかったから3週間トレーニングできなかったよ。サイクリングでは、ケガをしたら休まなければいけないんだ。練習するかまったくしないか、その中間はないよ。あせってもいいことはない」

「クラシックスでは100%の仕上がりではなかったけれど、バスク地方に入ったときはけっこう体がいい感じで、勝とうと思っていたよ」

とはいってもツール・ド・フランスはシュレックの今年の最大の目標であったし、この若いルクセンブルグ人クライマーはコンタドールの唯一のライバルだった。

コンタドールがクレンブテロールで陽性だったことが発表されて以来、シュレックは、コンタドールの優勝が取り消されたとしてもイエロージャージを受けとりたくないと明言し続けている。
「イエロージャージは路上で勝ち取りたい」と言うのだ。そしてこのようなゴタゴタがあるにもかかわらず、彼は2010年シーズンの成績を誇らしく思っていると言う。

「シーズンを通して振り返ってみて、いいシーズンだったと思うよ。ずっと手に入れたかったものに、ほぼ手が届いたんだ。もちろんツールには勝ちたかったし結果として勝てなかったけれど、ステージ2勝できたし2位だったことにも誇りを持っている。去年も2位だったけれど、2分50秒も差があった。でも今年はもう少しで勝てたんだ。ものすごくいい闘いだったし、最後まで僕は諦めないでいた。2009年の最後のTTでは自分がタイム差を縮められると思っていなかったけれど、今年はすごくエキサイティングで、とにかく僕にとっては2009年とはぜんぜん違うツールだった」

シュレックは来シーズンのためにすでに準備をスタートしている。兄のフランクとともにルクセンブルグの新しいチームにも移り、シーズンの目標をツール・ド・フランスに定め、トレーニングを開始しているのだ。

「もうトレーニングを開始したし、今年は去年と違っていい準備ができると思っている。今年のツールのコースは僕にぴったりだし、ゴールは総合優勝のひとつだけだ。これが来年の最大の目標で、着々と準備をしているよ」

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「宿題をしっかりやった結果だ」ブライアン・ニガード

Brian Nygaard: We’ve done our homework by Daniel Benson
cyclingnews.com  22 November 2010
http://www.cyclingnews.com/news/brian-nygaard-weve-done-our-homework

ルクセンブルグ・プロサイクリング・プロジェクトは4年間のプロチーム免許を獲得


今月初め、UCIの2011年スポーツランキングのトップに躍り出たルクセンブルグ・プロサイクリング・プロジェクトは、ライセンス委員会とUCIにから4年間のプロチームライセンスを獲得した。

ブライアン・ニガード率いるこのチームは、アンディ・シュレックとその兄のフランク、イェンス・ヴォイト、スチュアート・オグレディ、リヌス・ゲルデマン、ファビアン・ウェグマン、ヤコブ・フルサンらと契約を済ませている。そして最後の大きな契約になるだろうと噂されているファビアン・カンチェラーラもいる。

キム・アンダーセンとともにチームをゼロから創り上げたブライアン・ニガードはもちろんこのニュースを喜んでいる。

ニガードは、「このためにやってきたんだ。このために積み上げてきた仕事の内容に満足しているし、誇りに思っている。やるからにはライセンスがとれるだけの強さを持ったプロジェクトにしなければいけないと考えてきた」とサイクリングニュース誌に語った。

「宿題はしっかりやったし、とてもいいプロジェクトになったと思う。プロチームのライセンス基準が厳しいのは当然だと思う。サイクルスポーツはしっかりした組織が十分な資金と高いモラルで運営することが要求されて当然だと思う。僕たちはそれをクリアしたんだよ」

UCIは10月にルクセンブルグ・プロサイクリング・プロジェクトがプロチームライセンスに申請していることを発表したが、ニガードは申請の準備はもっとずっと早くにスタートしていたと言う。

「キツい仕事だったよ。コネが効くわけでなし、そんなのは期待もしていなかったしね。UCIが求めるすべての基準をクリアすることは大切なことだと思う。スタッフはもちろん一緒に仕事をするすべての人がそのために本当に努力をしてくれた」

「世界最高レベルの選手を揃えることはもちろん大切だけれど、運営スタッフや資金をいいレベルで揃えることも欠かせないんだ」

しかしニガードのチームは、2011年のプロチームでメインスポンサーの名前を発表していない唯一のチームだ。しかしチームプレゼンテーションは1月であるし、ニガードは自分の決めたスケジュールに則り急いで発表をしたりするつもりはない。

「ほかのことも、そのうち発表するよ。いつ発表するかは言えないけど、準備は万端さ。準備が完璧であることを示せたから、ライセンスをもらえた、ということだよ」

「もうすぐラインナップの最後の人を発表するよ」

ルクセンブルグ・プロサイクリング・プロジェクト選手名
ウィリアム(ウィル)・クラーク (Genesys Wealth Advisors)
ステファン・デニフル (Cervélo)
ブリス・フェイユ (Vacansoleil)
ダニエレ・ベンナーティ (Liquigas-Doimo)
ダヴィデ・ヴィガーノ(Sky)
ジャコモ・ニゾーロ (新人)
ブルーノ・ピレス (Barbot Siper)
マクシム・モンフォール (HTC-Columbia)
ヴォウター・ヴェイラント (Quick Step)
ドミニク・クレム (Saxo Bank)
リヌス・ゲルデマン (Milram)
ファビアン・ウェグマン (Milram)
ヤコブ・フルサン(フグルサング) (Saxo Bank)
スチュアート・オグレディ (Saxo Bank)
イェンス・ヴォイト(ヴォイクト) (Saxo Bank)
アンディ・シュレック(Saxo Bank)
フランク・シュレック(Saxo Bank)
アンダース・ルンド (Saxo Bank)
マーティン・モルテンセン (Vacansoleil)
トム・スタムスナイダー(Rabobank)

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「2010年ツールの勝者はコンタドールでありつづける」とアンディ・シュレック

Andy Schleck: “For me, Contador will always remain the winner of the 2010 Tour.” by Jered Gruber
Velonation, 9 November 2010
http://www.velonation.com/News/ID/6299/Andy-Schleck-For-me-Contador-will-always-remain-the-winner-of-the-2010-Tour.aspx

ツール・ド・フランス2位勝者は、コンタドールの問題が早く解決されることを期待

コンタドールの件が公式に審議されることになり、スペイン本国のサイクリング連盟で何らかの裁定・懲罰がくだされると決まったことで、2010年のツール勝者にもうすぐなるだろうアンディ・シュレックにメディアの視線が集まっている。

オランダメディア『De Telegraaf』は、まだカリブ海のキュラソーでホリデーを楽しんでいるベスト・ヤング・ライダー3回獲得のアンディ・シュレックへのインタビューに成功した。

シュレックはここでもコンタドールの問題が早く解決することを希望すると述べたが、同時にこの件について何がどうなるのかあまり知らないとも言っている。

「早く物事がすっきり見えるようになってほしい。裁定はスペインのサイクリング連盟によって行われることになった。これでいろんな関係者がこの問題について処理をできるようになるというけれど、それで何がどうなるのかについては知らない」

そして、兄のフランクやおそらくカンチェラーラとともに新しいチーム「ルクセンブルグ・プロ・サイクリングプロジェクト」を率いるこのライダーは、コンタドールから勝利が引きはがされようとも、自分にとってはコンタドールは永遠に2010年の勝者であると言う。

「僕には関係ないことだよ。記録には僕の名前が残るかもしれない。でも僕は勝利を味わっていない。僕は路上でツールを勝ち取りたいんだ。僕に撮ってはコンタドールが2010年の勝者であり続ける」

シュレックは過去にも似たようなコメントをしたことがある。2009年のフレシュ・ワロンヌで彼はダヴィデ・レベリンに抑えられて2位に終わっているが、レベリンがその数ヶ月前の北京オリンピックでCERA-EPOが検出されたことでユイの壁での勝利のすぐ後に出場停止になるとされていたことについて、今季始めにVeloNationのインタビューに答えて25歳のクライマーは、フラストレーションを見せようとせず、また、レベリンの勝利に疑問を投げかけることもしなかった。

「レベリンはたしかにオリンピックで陽性を出したけど、ミュールでは僕より強かった。僕は自分を勝者だとは思えないよ。もしその日も彼が陽性だったらそう思えるかもしれないけど、彼はワロンヌでも検査を受けたけれど陰性だった。彼が勝者だと思うよ」

もちろん、ツール2010では、コンタドールはそのレース中、シュレックが2位になったその勝利の日に陽性になっている。この事実が彼の考え方に影響を与えているのかどうか、気になるところである。

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